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東京地方裁判所 平成3年(ワ)3894号 判決 1992年7月06日

主文

一、被告合資会社小川工業所は、原告に対し、

1. 別紙第二物件目録一記載の建物を収去して、同第一物件目録一(1)(2)記載の土地を、

2. 同第二物件目録二記載の建物を収去して、同第一物件目録一(3)記載の土地を、

3. 同第二物件目録三記載の建物を収去して、同第一物件目録二記載の土地を、

それぞれ明け渡せ。

二、被告櫻庭建治は、原告に対し、

1. 別紙第二物件目録一記載の建物から退去して、同第一物件目録一(1)(2)記載の土地を、

2. 同第二物件目録二記載の建物から退去して、同第一物件目録一(3)記載の土地を、

3. 同第二物件目録三記載の建物から退去して、同第一物件目録二記載の土地を、

それぞれ明け渡せ。

三、被告らは、原告に対し、各自平成二年一一月三日から、

1. 別紙第一物件目録一(1)記載の土地明渡し済みまで一か月金一二万七二四三円の割合による、

2. 同目録一(2)記載の土地明渡し済みまで一か月金六万五二七七円の割合による、

3. 同目録一(3)記載の土地明渡し済みまで一か月金六万五六二七円の割合による、

4. 同目録二記載の土地明渡し済みまで一か月金七万二五三八円の割合による、

金員をそれぞれ支払え。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一、請求

一、主文一、二項同旨の判決並びに仮執行宣言。

二、被告らは、原告に対し、各自平成二年一一月三日から、

1. 別紙第一物件目録一(1)記載の土地(以下「本件一(1)土地」という。)明渡し済みまで一か月金二〇万二六〇〇円の割合による、

2. 同目録一(2)記載の土地(以下「本件一(2)土地」という。)明渡し済みまで一か月金一〇万三九〇〇円の割合による、

3. 同目録一(3)記載の土地(以下「本件一(3)土地」という。)明渡し済みまで一か月金一〇万四五〇〇円の割合による、

4. 同目録二記載の土地(以下「本件二土地」という。)明渡し済みまで一か月金一一万五五〇〇円の割合による、金員をそれぞれ支払え。

第二、事案の概要

本件は、土地の賃貸借契約が無断譲渡を理由とする解除により終了したとして、土地賃借人に対しその原状回復による地上建物の収去及び土地の明渡し並びに解除後の使用損害金の支払いを、土地所有権に基づいて、建物占有者に対し、建物からの退去及び土地の明渡し並びに使用損害金の支払いを求めるものである。

一、争いのない事実など

1. 本件各土地賃貸借の経緯

(1)  別紙第一物件目録記載の各土地はもと原告の亡父岡田仙太郎(以下「亡仙太郎」という。)の所有であったが、同人は昭和一九年二月四日死亡し、原告が家督相続によりその所有権を取得した(争いのない事実、甲一、三)。

(2)  亡仙太郎は昭和一三年三月一日中幸次郎に対し本件一(1)土地の一部を、ついで昭和一四年四月頃、残りの部分を、普通建物所有の目的で賃貸した。中幸次郎は、昭和一八年頃、同人の娘小川よきの夫である小川善太郎(以下「亡善太郎」という。)に右賃借権を譲渡し、亡仙太郎はこれを承諾し、以後本件一(1)の土地の賃借人は亡善太郎となった。そして、前記家督相続により原告が賃貸人の地位を承継した。本件一(1)土地の賃貸借契約は昭和三三年一月一日期間二〇年、賃料一か月二九四〇円として更新された(争いのない事実、甲五、一九、二一の一の一ないし三、同二の一ないし三、原告本人)。

(3)  また原告は以下のとおり本件一(1)土地以外の土地を亡善太郎に賃貸した。

<1> 昭和二三年一二月一日、本件一(2)土地を、期間二〇年、普通建物所有の目的で賃貸し、右賃貸借契約は、昭和四三年一二月一日、期間二〇年、普通建物所有、賃料一か月一万一三〇〇円として更新された(争いのない事実、甲六、二一の三の三、一九、原告本人)。

<2> 昭和二八年四月七日、本件一(3)土地を、期間二〇年、普通建物所有の目的で賃貸し、右賃貸借契約は、昭和四八年四月七日、期間二〇年、普通建物所有、賃料一か月一万九七七三円として更新された(争いのない事実、甲七の一・二、一九、原告本人)

<3> 昭和三四年七月一日、本件二土地を、期間二〇年、普通建物所有、賃料一か月二〇五〇円として賃貸した(争いがない。)。

(4)  原告は、亡善太郎が本件各土地の賃借権を被告合資会社小川工業所(以下「被告会社」という。)、鏡成鉄工株式会社に無断で譲渡したとして、昭和五三年九月本件各土地の賃貸借契約を解除する意思表示をし、同月二六日賃貸借契約が解除により終了したとして亡善太郎、被告会社らを被告として建物収去土地明渡訴訟を提起した。(東京地方裁判所昭和五三年(ワ)第九三五五号事件)。右事件は調停に付され、この継続中の昭和五四年亡善太郎は死亡したためその承継人である小川桂子、小川よき、小川テル、河合歌子、被告会社らとの間に、昭和五六年一月一九日、本件各土地の賃借人が被告会社であることを確認する、本件各土地の賃貸借の期間などについては従来の各別の契約による等の内容の調停が成立し、以後、本件各土地の賃借人は被告会社となった(争いがない。)。

(5)  その後、本件各土地の賃貸借契約は、期間の満了したものについては法定あるいは合意更新された(弁論の全趣旨)。

2. 被告会社の営業内容、本件各土地使用の経緯など

(1)  中幸次郎は前記本件一(1)土地の一部を賃借後の昭和一三年一〇月二〇日電気溶接などを営業目的とする合資会社中工業所を設立し、無限責任社員に就任して、右土地上で右営業を営んできた。亡善太郎は前記のとおり中幸次郎の娘小川よきの夫であり、昭和一九年二月八日、右会社の無限責任社員に就任して右事業を承継し、昭和二一年六月一五日、商号を合資会社小川工業所と変更した。亡善太郎は前記のとおり本件一(1)土地以外の土地を賃借し、同地上で右事業を営んできたが、昭和三三年八月二八日、被告会社の営業目的を工場及び設備の賃貸に変更した。以後、被告会社は、本件各土地上にある建物を亡善太郎が新たに設立した前記鏡成鉄工株式会社に賃貸したりしていたが、同会社が移転した後は、建物の一部を取り壊して更地とし、その部分を自動車の駐車場として第三者に賃貸する業務を専ら営むようになった(争いのない事実、甲九、一九、二八の一ないし七、二九の一ないし五、原告本人)。

(2)  被告会社は、昭和三三年一二月二〇日、亡善太郎の妻よきが、更に亡善太郎の死亡後である昭和五五年七月三日、同人の娘である河合歌子が無限責任社員に就任したが、被告会社は当初は電気溶接業などその後は前記賃貸業務を営む小規模な、終始中あるいは小川一族による同族経営の会社であった(争いない事実、甲九、一〇)。

(3)  被告会社は、本件一(1)(2)土地上に別紙第二物件目録一記載の建物、本件一(3)土地上に同目録二記載の建物本件二土地上に同目録三記載の建物を所有している(争いがない。)。

3. 被告櫻庭の無限責任社員就任、本件各建物の占有

前記河合歌子は平成二年五月二四日被告会社の無限責任社員から有限責任社員となり、代わって被告櫻庭が入社し、同日無限責任社員に就任した。その後、被告櫻庭は本件各建物を占有している(争いがない。)。

4. 賃貸借契約解除の意思表示

原告は、被告会社に対し平成二年一一月一日到達の書面で被告櫻庭に対する賃借権の譲渡を理由に本件各土地の賃貸借契約を解除する意思表示をした(争いがない。)

二、争点

1. 被告会社から被告櫻庭に対し本件各土地の賃借権が譲渡されたかどうか。

原告は、被告櫻庭は実質賃借権の譲渡を受ける目的で被告会社の無限責任社員に就任したものであり、本件各土地の賃貸借契約が元来亡善太郎個人あるいは小川一族に対する人的な信頼関係を基礎に締結されていることからすれば、小川一族とは無縁の同被告が無限責任社員に就任し、被告会社の経営を支配するようになったことは、賃借権の譲渡と同視すべきであると主張し、被告は、単なる会社内部における無限責任社員の交替に過ぎず、もともと本件各土地は亡善太郎個人というより被告会社に賃貸されていたもので、それが前記調停でも確認されていることであり、被告櫻庭が無限責任社員就任後も被告会社の業態は何も変わっておらず、賃借権の譲渡にはあたらないと主張する。

2. 譲渡があるとして背信行為にあたるかどうか。

被告は、実質無限責任社員の交替にすぎないこと、被告会社の業態に何の変更もないこと、原告にはなんらの損害もないことなどから背信行為にはあたらないと主張する。

3. 使用損害金の額。

原告は一二一分の四〇〇平方メートルにつき一か月一二四〇円相当と主張する。被告は全体で適正賃料は三三万〇六九三円と主張する。

第三、争点に対する判断

一、賃借権譲渡について

1. 被告会社はかねて本件各土地の賃借権を第三者に譲渡する希望を有し、その旨の折衝などもしていたのであるが、被告櫻庭より会社ごと売ってほしいとの申し入れがあり、平成二年五月頃、一一億ないし一二億円くらいで同被告に対し、経営権譲渡の形で被告会社の資産を売却し、その際、同被告の要望により、被告会社は駐車場契約をはじめ借地上の契約関係などは全部解約などにより清算し、いわば借地権だけを残して右売却を行い、前記のとおり同月二四日同被告は無限責任社員として入社し、被告会社の経営一切は同被告の支配するところとなった。なお、前記河合歌子は有限責任社員として残ったがこれは形式的なもので社員として実質的な権利や義務を有するものではない(甲一九、証人正田、原告本人)。

2. 前記争いない事実などによれば、右売却の頃、被告会社は借地の一部を自動車駐車場として賃貸する業務を営む程度の会社であったのであるから、右売却の対価の殆どは本件各土地の賃借権に対するもので、それゆえ被告櫻庭も右駐車場契約などの解消を求めたものと推認され、同被告が被告会社を買収した目的は本件各土地の賃借権の取得にあったものと認められる。

ところで、前記争いない事実などによれば、本件各土地の賃借権はもともとは中幸次郎あるいは亡善太郎に由来するもので、前記調停により被告会社に賃借権があると確認されたのも被告会社が小川一族による同族経営の小規模な合資会社であったことによるものと認められ(甲一九、原告本人)、右事実によれば、本件各土地の賃貸借契約は、少なくとも、亡善太郎及びこれに繋がる小川一族に対する人的な信頼関係を基礎に締結されているものというべきであるから(この点被告は本件各土地はもともと被告会社が実質賃借していたものでそれが調停でも確認されたのだと主張し、証人正田の証言中には同主張に沿う供述が存するが、甲五、六、七の一・二、八の一、二一ないし二三(枝番を含む)などに照らし右供述は採用できないし、右主張の趣旨が、契約当事者が亡善太郎であるにもかかわらず、本件各土地の現実の使用を被告会社が行っていたというのであれば、それはむしろ個人と会社が区別されていなかったものというべきであり、それゆえにこそ、賃借人を亡善太郎から被告会社にすることについて調停が成立したものと考えられる)、被告会社の経営が小川一族の手を離れ、被告櫻庭の支配するところとなり、加えて同被告の被告会社買収の目的自体が本件各土地の賃借権の取得にあることを考慮すれば、被告櫻庭が被告会社を買収し、無限責任社員として入社し、被告会社の経営を支配するに至ったことは、その実質において本件各土地の賃借権の譲渡があったと認めるのが相当である。

二、背信性の有無

前記のとおり被告櫻庭は小川一族とは無縁の第三者であり、このような者に賃借権を承諾なく譲渡することは、それ自体背信性があるというべきである。

被告は単なる無限責任社員の交替であると主張するのであるが、そう評価できないことは前認定のとおりである。

従って、原告の前記解除の意思表示は有効であり、被告会社に対し賃貸借の終了に基づき本件各建物の収去、本件各土地の明渡しを求める請求、被告櫻庭に対し本件各土地の所有権に基づき本件各建物からの退去、本件各土地の明渡しを求める請求はいずれも理由がある。

三、使用損害金の額

原告は使用損害金の額を一二〇分の四〇〇平方メートルにつき一か月一二四〇円と主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。他方、被告は本件各土地全体について適正賃料は三三万〇六九三円と主張しているのでこの限度では使用損害金の額について争いがないものと認められる。そして、本件各土地全体の面積は一四〇一・五一平方メートルであるから、被告主張の金額について三・三平方メートルあたりの単価を計算すると七八〇円(円未満切捨て)となる。それゆえ使用損害金の請求については右の限度で認めることにする。

四、仮執行宣言については不相当と認めこれを付さない。

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